政府へのパブ・コメ・・・「原発ゼロシナリオ」で提出

政府が募集していた「エネルギー・環境に関する選択肢」に対するパブリックコメントを8月10日、市民自治をめざす神奈川の会として「原発ゼロシナリオ」で提出しました。又、メンバーも個人として「原発ゼロシナリオ」で提出しています。

すでに報道されているよう「討論型世論調査」では討論後に47%が、「意見聴取会」では68%が、「パブリックコメント」では90%が「原発ゼロシナリオ」を選択しています。

これらの結果を政府がどう受け止め「エネルギー政策」を決定していくかを注目しながら、今後も粘り強く「原発をなくす」運動をしていきます。

「原発ゼロシナリオ」

原発による事故は、人間がコントロールできる範囲を超えてしまいます。それは、すでにチェルノブイリ事故で証明されていました。

私たちは、横浜市神奈川区で、1985年から、生活者政治・市民自治の政治をめざし活動してきたローカルパーティ・神奈川ネットワーク運動の地域ネットです。ですから、1986年に起こったチェルノブイリ事故は、「食卓に上がった放射能」という視点から自分たちの問題として捉えました。その時から、一貫して、「原発はいらない」という訴えをしてきています。今でも、チェルノブイリ事故の被害をうけた方々の困難さは、情報として見たり、聞いたりしています。

 その時の日本政府は「ソ連だからあのような事故が起こったのだ。日本ではありえない」という対応でした。

 しかし、福島第1原発の事故は起こってしまいました。取り返しがつかない事故です。

仮に、事故原因が解明されても、事故による被害は甚大です。それは、自分の家に帰りたくても帰ることができない方々、子供の健康を将来にわたって心配し続けなければならない親たち、自分の土地で仕事をしたくてもできないなど、「健康で文化的な生活」からほど遠い生活を強いられています。人間としての権利を奪われた方がたがいる、しかも、それは首都圏の私たちのエネルギーをまかなうための原発からの事故が原因です。

 人権を踏みにじった上での生活には、何の価値もありません。

 今後も「絶対に原発事故は起こらない」という保証はないと考えます。「地震の巣」と言われる日本です。完ぺきな対策をとったといっても自然は「想定外」のことが起こります。

完ぺきな対策を取ろうとしてかけるコストは膨大です。それでも「完ぺき」はありえません。誰かの犠牲の上に成り立つエネルギーは必要ありませんし、誰もが、自分の生活を犠牲にはしたくありません。

「原発によるエネルギー」は必要ありません。

省エネルギーの取り組みを進め、自然エネルギーへの転換を急ぎ進めるべきです。